それでも僕は、遊牧民。

新しいことを始める時に

「こわいなー、嫌だなー」って思う人と、
「何が起きるんだろー、ワクワク!」って思う人がいます。

と言っても、実際はそんなに白黒ハッキリしてるわけでは無くて、「恐怖30%、楽しみ70%」とか「恐怖80%、楽しみ20%」みたいにどちらとも併せ持ってるのが普通だと思います。

そこで「楽しみ」の比率が高い人ほど、1人で海外を放浪したり、会社を立ち上げたりしちゃうんですよね。

ただ、ここで一つ大事なことは、「恐怖の比率が高い人は臆病者で、楽しみの比率が高い人よりも劣っている」ということは、絶対に無い。

TVにしろ、SNSにしろ、新しいことを始めた人、人と違うことをした人が賞賛される場面を目の当たりにしていると、
「何も出来ない自分はダメなんだー」って思ってしまうこともあるだろうけど、そんなこと考えなくて良いんです。

この世界が何千年以上も無事に続いてこれたのは、
「変化を恐怖と感じる人と、ワクワク感じる人のバランスが取れていたから」だと思います。

みんながみんな変化を好んでいたら、世界中は未だに激しい領土争いが続いていたかもしれない。

安心して定住できる場所を作り出した「変化を恐れる人」も立派な歴史上の人物。
そこに優劣は生じないはずです。


かく言う自分は、変化を楽しんじゃう人間です。
遊牧民かっけー!って思っちゃう人間です。

今新しいことに挑戦しようと思っています。
「恐怖」も多少はありますけどね。

ぐるぐる

ブログさぼってました!

久しぶりに、自分が書いた記事を読み返して、「あらやだ、この子色々考えてるじゃない!立派になったわねー。」

なんて思ってます。今。

それに比べて今の俺どした、おい!

ひたすらインプットばかりして、アウトプットが少なくなってました。
「文章書くだけがアウトプットじゃないよね、フフン。」とか調子こいてました。
苦手なことから目背けちゃう系男子でした。

今日からもう一度続けます。
ただし、ゆるく。←ここ重要

古賀史健さんの「20歳の自分に受けさせたい文章講義」に書いてあった通り、
「書くことは考えること」なんだよね。

頭の中で考えてるだけじゃなくて、手を動かして、目で見て、初めて自分がどう考えてるかって分かる。

自分の考えを整理するためにも、ゆるーく続けます。

20歳の自分に受けさせたい文章講義 (星海社新書) http://www.amazon.co.jp/dp/4061385100/ref=cm_sw_r_tw_awdl_oApcxb03HZR62


青き春の残り香

「グラウンドに伸びる影。転がってゆくボール。
夕陽を目一杯浴びて、いつも以上に頬を紅く染める君の横顔を見てるだけで僕は満足…満足…満足?!

否!叶うのならば君のそのスカートを剥いで履いて吐いて掃いて這いて「Hi!」って捨てたい!
君は狼狽えるだろうか。狼狽えるだろうね。
そこでようやく僕はこの上ない満足感を覚えてゆっくりと今のシアワセを噛みしめるんだー。(wow wow)
そんでさ、いきなりこんなことしておいて言うのもなんだけど、落ち着いたら一緒にタマネギのたくさん入ったお味噌汁を飲もうよー。」


僕はおもむろにヘッドフォーンを外した。
やっぱり何度聞いてもこの曲の良さがさっぱり分からない。
「beat warriors」ってバンド名はなかなかクールなのに。

たしかに僕は君に「なんかオススメの曲無い?」って聞いたよ。
たしかに聞いた。
だけどさ、校内ではちょっとしたアイドルで、運動も勉強も出来て、性別、国籍、宗教、種族、個体差問わず誰からも好かれてる君からまさかこんな変化球を投げつけられるとは思ってなかった。

バッターボックスに佇む僕。
2球目を投げたくてうずうずしている君。
サインを送る途中で鼻をつまんだままの監督。
「今のストライクだよね?」ってキャッチャーに聞いちゃうアンパイア。
「いや、ボールっすね」って素直に答えちゃうキャッチャー。

そんな甲子園にも負けない熱き戦いがここ、僕立競技場で今行われています。

って違うよ。
なんだよ、僕立競技場って。
一旦、僕立競技場の件は白紙に戻します。
これぞ英断。よくぞ決めた僕。あっぱれ。


ただ、僕よ。安心せい。
一つ明るい材料があるんじゃが、それが何か知りたくはないか。馬鹿たれが。

ええ、もちろん知りたいです。お師匠様。
なぜ急にお師匠様が出てきたんだって疑問はとりあえず脇に置いておいて。
教えてもらえるのならなんでもします。

そこまで言うなら教えて進ぜよう。馬鹿たれが。
貴様が言うところの君、が貸してくれたのは「beat warriors」のアルバム「HOLY DECADENCE」
そう。名前はとてもクールだしなによりアルバムじゃろ。馬鹿たれが。

よくコアなファンはアルバムにしか収録されていない曲を1番好きな曲に挙げて鼻高々としているじゃろう。
つまり、そういうことじゃ。馬鹿たれが。

この1曲目はコアなファンにこそ好かれるような、オリコンは賑わせないけどライブ会場を狂喜乱舞の渦へと変えるような、そんな曲なんじゃ。
分かったか。分かったんならさっさと2曲目を聞けい!馬鹿たれが!


ということで僕は2曲目を聞いてみた。
タイトルは「Dawn is coming」
やっぱりタイトルだけは悔しい位にクールだ。馬鹿たれが。


「都会の喧騒から逃れるために僕らはあの朝日に向かって走り出した。止め処なく溢れる汗にも、靴の底が磨り減るのにも構わずに。」

あら。出だしはすごいキャッチーでポッピーでドーピーだけど、それでいてクールさも置いてけぼりにしてないグッドな感じじゃない。期待大。北医大。

「あの時僕らはたしかに輝いていた。未来のことなんて何も考えずに。夢なんて無くたって良い。お金なんていらない。ただあの朝日を掴みたかったんだ。」

グッド。グッドだよ。さすがお師匠様。
ロディアスな部分と情熱を纏ったリリックが調和するオポチュニティーを得た最高の歌だ。
やっぱりあの歌はコアなファン向けの歌だったんですね。
これなら安心して、僕が言うところの君の元へ吉報を届けに行けそうだ。
グッドなソングをレコメンドしてくれてサンクスってね。

「そして僕らは遂にあの朝日を掴むことが出来た。イカロスでさえ成し得なかったことを。Dawn is coming.」


「でもねでもねでもねでもねでもねでもね×100
朝日は実は朝日なんかじゃなかった。
じゃあ僕が今掴んでるこれは一体なんなんだ?What is this? Is this a pen? No!This is an お饅頭!HEY!」

おいおい。どうしたんだよ。
beat warriorsに一体何が起きたんだ。
Dawn is comingに何が起きたんだ。
さっきまでのポッピーでシャイニーでジャンキーな感じを返してよ。返してよう。

「そう。僕らはみんなお饅頭みたいな物を掴むために生きてるんだ。そこで笑ってる君だってそう。さあ、こっちへおいで。さあ、このお饅頭をお食べ。粒餡だよ。美味しいかい。そうかい、そうかい。爽快、総会。よし決めた。それなら僕はこの街で1番のお饅頭屋になる。さて、君は何を掴む?Are you ready?」


シット。ファック。ガッデム。くそったれが。
僕はまたしてもおもむろにヘッドフォーンを外し、僕が言うところの君の脊椎めがけてドロップキックをお見舞いするために8階の窓から颯爽と飛び出した。


細胞街へようこそ

身体の中の細胞さん達が日々生活を送っている街を仮に細胞街と呼ぼう。

細胞街には数多くの工房があり、そこでは更に数多くの職人が日々黙々と仕事に取り組んでいる。

髪の毛を伸ばすための工房もあれば、転んで傷付いた部分を修復する工房もある。

せっせと汗を作り出す工房もあるだろうし、街中ですれ違った綺麗な女性を鮮明な画像として記録する工房もあるだろう。
もっとも、この工房に関してだけ言えば、僕は綺麗な女性をほぼ忘れてしまうから、確実に怠慢であるとしか言いようが無い。
もっと精進してくれ給え。

まあ、そんな小言はさておき。

もしも僕が今、現在、now、細胞街に行ったとしたら神の如き扱いを受け、食べきれない程の料理と、これまた食べきれない程の美女達にもてなされ、バルコニーから姿を現せば細胞街最大の広場を埋め尽くす民衆達の大喝采を全身に浴びるだろうか。

ひとたび僕が「あ。あ。あ。あれ?もうマイク入ってる?」なんて言うだけで広場は揺れる程ざわめき、「えー、本日はお日柄も良く、空は私達の邂逅を祝福せんと蒼く、ひたすら蒼く澄み渡っておりますが…」なんて紋切り型の挨拶をするだけでも
「ひゅー!最高だよあんたは!」とか「YOUはわたしたちの生きる希望よ!」なんて言葉が街全体をビリビリと震わせるかもしれない。

そして、僕が階下に降り立ち民衆の方へ歩みを進めれば自然と道は開け、握手を求められ、サインをねだられ、勝手に写真を撮られ、Instagramに「#最高の一日 #感動 #一生忘れない」なんてタグ付けで投稿されるだろうか。(その投稿に対して1億以上のいいね!が付けられるのは言うまでも無い。)

はたまた飛行機が細胞街に降り立った瞬間、街は怒号に包まれ、老人、大人、子供、果ては赤ん坊でさえ鬼のような形相で僕に批難の声を浴びせかけてくるかもしれない。

「てめえ!普段質素な食生活心掛けてるくせに突然夜中の3時頃に寿司、鰻重、牛丼、カレーライスとかかっ込んでんじゃねえよ!スカポンタン!」とか「ビーチで視線を集めるようなかっこいい身体になりてえー、とか言ってるなら早く運動しろ!ウスノロバカ!」とか。
それはそれは聞くに堪えない罵詈雑言の嵐。

いつしか側にいたSPは消え、無防備となった僕を無数の民衆が取り囲んで一斉に石を投げつけ始めるのだ。

僕は痛みから逃れるため、ただただ身体を小さく縮こまらせながら「だって上司が食えって言うんだもーん!えーん!」なんて泣き言を言うしか無いのだろうか。

分からない。
分からないけど、一度で良いから細胞街に行ってみたい。
なぜ、ってそれは感謝を伝えたいから。

こんな不規則な生活をしていても、賃金なんて一切与えずとも、細胞街の職人達は文句一つ言わずに真っ直ぐ歩かせてくれるし、相手の言葉を理解させてくれる。
明順応、暗順応も卒無くこなしてくれるし、走ろうと思えば全速力で走らせてくれる。
好きな人の前ではドキドキさせてくれるし、ちょっとばかりの性欲も引き起こしてくれる。

そんな大変な仕事を何の指示も出さずとも完璧にこなしてくれる細胞街の住民達に、僕は感謝の意を表明しに行きたいのだ。

石を投げつけられたって構わない。
倒され足蹴にされ唾を吐きかけられたって構わない。
「あいつがクソ以下だと思う細胞はお気に入り。虫ケラ同然だと思う細胞はRT」なんてツイートが流れたって構わない。

こんな平凡な僕を20年以上も動かしてくれてありがとう、とだけ伝えられれば。




でも待てよ、と僕は一瞬我に帰る。

感謝を伝えるのはむしろ細胞街の方ではないか?

なんて言ったってこの僕だぞ。
僕の身体を動かすために働けるだけで幸せだと言うべきだろう。

そうだ。絶対にそうだ。
僕は間違っていない。
なんで途中まで感謝を伝えに行く流れになってたんだよ。

おい、聞こえるか。細胞街の住民達よ。
お前達は僕の、俺の、俺様の身体を動かすためだけに働いていれば良いんだ。バーカ。
誰だ、さっきウスノロバカだと言った細胞は?出てこい。出てこーい!

と内側に向かって叫んだ瞬間、僕の思考、感覚、その他もろもろはプツっと切れた。

どうやら細胞街の職人達が僕の言葉を聞いて一斉に仕事を放棄したらしい。

なんてこった。
途中までは良かったのにな。
でも僕が死んだら彼らの仕事も無くなる訳だから、これからどうやって生きて行くんだろう。
ははは。死ぬ間際の人間が他人、否、他細胞、否、自細胞の心配をするなんて。
傑作傑作…


そうして、僕の身体はとろりとろりと静かに、だけど確実に消えていった。


菩薩メンタル

スマートな人は日常の些末なことでストレスを溜めない。


そう考えた私は、ストレスを生み出すそもそもの原因を一つずつ減らすことに決めました。


今、一つ打ち消すことが出来たのは「電車での席争い」



疲れてるから座りたい。

長距離だから座りたい。


そんな気持ちは重々分かります。


ただ、そんなちっぽけな己の欲望を満たすために、他人を押し退け押し退け、よろしく鎮座ましますのは、ちと無様でありんす。


てなことで、元から座らないと心に決めてかかる。


すると、あら不思議。

七分の一(もしくは六分の一)の腰掛けへと猛進して行く下民に対してストレスどころか慈愛の心すら満ち満ちてくる。

「おお、よくぞ座ったな憐れなる民よ。しっかりと身体を休めい。」



なんてね。なんてね。



て、なんか口調がいつの間にか変になってる。

戻そう戻そう。



まあ、電車でも歩いていても最初から相手に譲るって決めておけばストレスが生まれることは無いし、何より自分がスマートな人間になった気はしますよ。



無駄なことで自分の気持ちを乱されること程、無駄なことは無いですからね。



他にもストレスの原因ってまだまだあると思います。

気が付いたらまた書いてみましょう。




紳士の道も一歩から

紳士になりたい。



これ、最近の専らの目標です。

それも世界に通用する紳士。


こんなこと言うのはとても恥ずかしいけど、思いは文字にすると叶うと言うので、今回はどうすれば紳士になれるかを真剣に考えたいと思います。



では、紳士になるために必要だと思う条件を外見と内面に分けて挙げていきましょうか。


【外見】(ここでは所作、姿勢など目に見える全ての物を指します)


・常に姿勢正しい

・清潔感がある

・ちゃんとした服を着こなす

・食事中の所作(食べ方、箸の使い方、マナー、気遣い)に問題が無い

・体型を維持している

・どんな話題にも対応出来る

・教養がある

・酒に酔ってもだらしなくならない

・店員、清掃員など利害関係の無い人にも丁寧な対応をする

・知り合いがいれば自分から挨拶に行く

・感情を表に出し過ぎない

・感謝の気持ちを言葉、態度でしっかりと示す

・悪口を言わない

・言葉遣いが丁寧である


【内面】

・どんな人にも尊敬の念を忘れない

・子供、女性、年長者への気遣い

・一緒にいる人への深い気配り

・TPOを弁えている

・誰に対しても態度を変えない

・自己中心ではない

・謙虚である



とりあえず思い浮かんだのはこれだけです。

他にもたくさんあると思いますが、こうやって列挙してみただけでも紳士になることの難しさが分かりますね。



…と、思ったけどふと「これって全て『心を込める』の一言に集約出来るんじゃないか?」ということに気が付きました。


「会話に心を込める」

「食事に心を込める」

「仕事に心を込める」

「相手に心を込める」


うん、いい感じ。

これなら意外と紳士への道は近いかも?


と言うことで、私は今日から何事にも心を込めて取り組んで行きたいと思います。




何年後に紳士と化していることでしょうか。

是非是非お楽しみに。



親孝行したい時に親は…まだいる!!!

最近とても難しいことに挑戦している。


いや、正確に言えば「自分にとっては」難しいことに挑戦している。



それは…

“家族への対応を改善すること”



…なんだ、そんなこと。

と思えるあなたはおそらく家族との仲はおおむね良好でしょう。

今後も末永く良い関係を築いて行ってください。



とは言っても別に、我が親子の仲が悪い訳ではありません。


普通にご飯は食べるし、普通にTV見ながら会話もします。


ただ、自分の態度が良いものかと言われれば、大いに改善の余地がありまして…



本当に些細なことだけど、例えば帰宅した時の「ただいま」の声の大きさ。


例えば食事中のたわいもない会話への相槌。


例えば「今日はどうだった?」って聞かれた時の適当な返答。



と、まあ例を挙げたら枚挙に暇がありません。


まあ、なんて親不孝な息子でしょう。



「自立、自立!」なんて声高に叫んでいるくせに実際は親の優しさに甘えているダメな社会人。


まずはその腐った性根を入れ替えねば!と思ったのが今回のきっかけです。



さて、変えなければと思いつつ実際やってみるとこれが難しい。(何度も言いますがあくまで「自分にとって」です)



「おはよう」にも「ただいま」にも何気無い会話にもやはり照れ臭さが出てしまう。



「20年以上も一緒にいれば、それが当たり前か」なんて甘えた思いが頭をもたげる度に自分を叱咤しつつ、少しずつ少しずつ改善への道を進行中です。



さて、ほんの僅かばかりですが、心持ちを変えたお陰で自分の中でも大きな変化がありました。


それは

「伝わらないことを相手のせいにせず自分の能力不足だと考え」られるようになったことです。


正直今まで親との会話は、考えてることが全然違うし、言いたいことも伝わらないし、少し煩わしい物でしたが、実はその原因は自分の態度のせいでは?という気付きがあったのです。


言葉が足りてない?

気持ちこめてる?

会話のキャッチボールをしようとしてる?

親へのリスペクトはある?


などなど、この気付きがあっただけでも既に今回の行動は成功してると言っても過言ではない気がします。



まだまだ実験は始まったばかりですが、良い方向への変化しか見えないので楽しみばかりです。


「家族への対応を見れば恋人への対応も分かる」なんてことも言われているので、幸か不幸かお相手がいない今を良いチャンスと考えて自分を変えて行きたいと思います。